[徳島]









首都高でのある出来事(12/05/25)


 先日、首都高速を通って都心に出向いた。日曜日の午前中ということもあって、トラックの走行も少なく渋滞もなくスムーズに走行できていた。

天気は曇り、あまりぱっとしない天気だったがまあいい。天気予報では、昼前から晴れ渡り、汗ばむ陽気になるらしい。今日は、靖国神社と明治神宮に参拝するために都心に向かっている。明治大帝、英霊の皆様方の前に立つ頃には晴れ渡るはずだ。

 そんなことを考えながら首都高を流していた。ベイブリッジを越え、湾岸線に入る。すると左前方に測道からの合流地点が見えた。首都高は非常にカーブが多く、しかも、カーブを抜けたとたんに合流地点があったりと、慣れていないと運転が難しい高速道路である。

 合流地点が近づいてきたので、左側から合流してくる車がないかどうか確認する。ランプのだいぶ向こうに一台合流してくる車が見えた。しかし、この間合いなら間違いなくこちらが先に合流地点に入る。次に後ろの車を確認する。後ろの車とは100メートルほどの車間距離を確認した。これだけあれば、合流してくる車も、私の後ろに問題なく入れるだろう。加速して車間距離を開けたり、右側車線に移動して合流してくる車に走行車線を開ける必要は無さそうだ。

 周りの車との位置関係を確認していると、合流地点にさしかかった。左後ろに合流してくる車が見えた。思ったよりも早く合流地点に来ている。しかし、この間合いなら充分私の後ろに入ることが出来る。

 「徳島にいた頃では考えられないな・・」ふとそんな思いが頭に浮かんだ。徳島にいた頃は、車で出かけると一日に何度かは我が儘で無謀な車に遭遇した物だ。一年ほど住んでいたので、慣れてくるとこれが普通の運転かと錯覚してしまうくらい、徳島では殆どの車の運転マナーはひどかった。徳島には高速道路のような合流地点のある道路はないのだが、もしこのような合流地点があれば、みんな命がけだろう。そこでは譲り合いの気持ちなど皆無である。命を懸けて強引に割り込まないといつまでたっても合流できないだろう。

 そういえば、二車線の道路から一車線に減少する地点で奇妙な信号があったのを思い出す。そこには、交差点があるわけではないのに信号があった。しかも、その信号は右車線用と左車線用に分かれている。右車線が青の時は左車線が赤、左車線が青の時は右車線が赤と、交互に進入するようになっているのだ。ふつう、こういった車線減少地点に信号はない。信号がなくても、通常であれば交互に譲り合って合流するものである。少なくとも現在私の住んでいる神奈川では、殆どの人が譲り合いの心を持って運転している。しかし、徳島ではそれは全く期待できないのだ。

 昔はその地点には信号はなかったそうだ。しかし、信号を設置せざるを得なくなった。気の弱いドライバーは永久に合流することが出来ないし、もし、強気になって強引に合流しようとしたら、合流される側は車間距離を詰めて入れさせないようにする。「我先症候群」というやつだ。そうこうしているうちに渋滞が激しくなってしまい、いらいらしたドライバー同士のけんかや接触事故まで発生してしまう始末。そこで、信号が設置されたというわけだ。

 それに比べると、神奈川での運転は天国のようだ。こちら来て一年になるが、運転をしていて危険だと思ったことや頭に来たことなど皆無に等しかった。みんな運転マナーがよく、安全運転を励行し譲り合いの心を持つ。もちろん例外もあるのだが、その程度や割合は徳島と比ぶべくもない。

 そんなことが頭によぎった瞬間である。私の視界の左側に何かが入ってきた。なんと、左後ろから合流してきていた車が加速して、私の車のすぐ左側にいるではないか。合流地点終了まであと30メートルほどしかない。80km/hほど速度が出ていたので、秒数にして約1.5秒だ。私はとっさに急ブレーキをかけた。高速道路での急ブレーキはタブーだがそんなことを言っている場合ではない。私の車は運動エネルギーを熱エネルギーに変換し、その変換されたエネルギー分だけ急激に減速した。左から合流してきた車は私の車の直前を横切り、そのまま追い越し車線まで斜めに突っ切ってしまったのだ。ウインカーも出していない。車種はホンダのCR-V。ヤクザが運転するような車ではない。そして、私はこの車のナンバープレートを見逃さなかった。そこにはあの忌まわしい文字が刻まれていた。「徳島33 ・・・・・」

 「なんつー運転しとんじゃ!!このクソボケがーー!!」と、声にこそ出さなかったが、私は運転席で怒りに打ち震えていた。もし、私が減速するのがあと0.2秒遅かったら間違いなく接触していただろう。私の車が約80Km/h、相手の車が約100Km/h、この速度で接触したらただでは済まない。場所も高架の上だったので、ガードレールを突き破って数十メートル下の地面に落下していたかもしれない。

 私が関東に来て、これほど理不尽な運転のために危険な目にあったのは初めてであった。もちろん、徳島にいればこの程度の危険なドライバーは日常的に存在し、私もその心の準備をして運転しているので慌てず対処が出来たはずだ。運転しているのが人間ではなく猿かキチガイだと思っていれば、それなりの運転という物が出来る。しかし、関東に来て、その感覚の欠如していた自分に気づいてしまったのだ。

 私が関東に来て徳島ナンバーを目にしたのは初めてであった。そして、その初めて目にした徳島ナンバーの車に危うく殺されかけた。おそらく、徳島から抜け出してきた山猿が運転していたのだろう。あの山猿はまだ生きているのだろうか。自損事故で死ぬのは勝手だが、そのために他人を巻き込まないで欲しい。文明的な運転が出来ないのであれば、お願いだから本土に出てこないで欲しい。

 まだ、徳島の呪縛から逃げ出せないようである。



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