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長崎市長の平和?宣言全文(12/08/09)

 あの日から55年がたちました。原爆で亡くなられた方々のごめい福を心からお祈りいたします。
 
第2次世界大戦の末期、1945年8月9日、午前11時2分、1発のプルトニウム型原子爆弾が、米軍機によって長崎に投下されました。500メートル上空で爆発した原子爆弾は、地上ではセ氏数千度の熱線となって、瞬時にして人々のからだを焼き、黒焦げにしました。強烈な爆風により、人々は吹き飛ばされ、押しつぶされ、家屋やコンクリートの建物も打ち砕かれました。目に見えない放射線は、人々の細胞を破壊し、短期間に死に至らしめました。そのほとんどは子供や女性、老人などの非戦闘員であり、中国人や朝鮮人、連合軍捕虜たちも数多く含まれていました。一命を取り留めた人々も、原爆後障害による病気をかかえ、死の恐怖におびえ続けています。この惨状を知る私たち長崎市民は、核兵器廃絶と世界恒久平和を、世界に向けて訴え続けてきました。

長崎を最後に、戦場で核兵器が使われることはありませんでした。長崎、広島の被爆者の悲惨な体験と訴えが、何よりも核兵器使用を阻止する力となってきたのです。しかし、核被害者は決してそれにとどまりません。核実験や、核兵器・核物質製造の過程で起こった事故のため、無数のヒバクシャが生み出されています。アメリカのネバダ、旧ソ連のセミパラチンスク、そして、南太平洋の島々などで、2000回以上の核実験が行われ、そこに住む多くの人々の生命と健康を奪い、地球環境を汚染しました。

 核兵器、それは人類の滅亡をもたらすものです。世界の皆さん、今なお世界には約3万発の核兵器が残されています。私たちの力で、核時代を過去のものにしようではありませんか。国際司法裁判所は、1996年の勧告的意見の中で、核兵器の威嚇と使用は人道と国際法に反すると指摘しました。核兵器廃絶を求める世界の人々の声は、今年5月のNPT(核不拡散条約)再検討会議で、核保有国から「核兵器廃絶に向けた明確な約束」をひきだしました。核保有国は、この約束を実行するために、核兵器全面禁止条約の早期締結に向けた多国間交渉を直ちに始めるべきです。

 わが国政府は、過去の戦争についての反省を明らかにし、被害を与えた国の人々との間に存在する未解決の問題に、誠実に対応することが必要です。その上で、世界最初の被爆国として、核兵器廃絶の先導的役割を果たすべきです。南北朝鮮の対話が始まった今こそ、非核三原則を法制化したうえで、北東アジア非核地帯を創設し、核の傘から脱却することを求めます。また、国内外の被爆者援護の一層の充実に努め、いまだに被爆地域に指定されていない未指定地域の方々が、健康への不安に悩み苦しみ続けている事実にも目を向けてください。
 
核兵器、それは人類の滅亡をもたらすものです。戦争を知らない若い世代の皆さん、世代を越え、国境を越えて協力し、これまでの歴史から、戦争の愚かさ、核兵器の恐ろしさを正確に学び取って欲しいのです。来るべき21世紀を、戦争や核兵器のない「平和の世紀」にするために、共に手を取り合って行動しましょう。

 長崎市は、被爆から55年にわたる平和への思いと、21世紀への希望をもって、新たな一歩を踏み出します。核兵器廃絶への道筋を作るため、今こそ国内外のNGOの力を結集する時です。今年11月の「核兵器廃絶 地球市民集会ナガサキ」に多くの市民、NGOの参加を期待します。

 ここに、私たち長崎市民は、長崎が核戦争最後の被爆地となることを願って、21世紀を核兵器のない時代とするため、力強く前進することを世界に向けて宣言します。

 2000年(平成12年)8月9日 長崎市長 伊藤一長(12:29)

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